スニーカーの美学

 聞いてよ。先週、スニーカーを買ったの。久々にスニーカーを履いた。最後にスニーカーを履いたのは、中学生2年生の遠足の日以来だったかな...。コンバースのハイカットは履きづらいし衝撃を吸収してくれるわけでもないし、「なんなんだこれは」と悪態をついて登山した気がする。

 映画「LEON」のマチルダに影響を受けまくったであろう黒髪前下がりボブのお姉さんから「ヒールの高さはプライドの高さよ」とかなんとかかっこいいことを言われてから、高いヒールの靴ばかり履くようになった。彼女のことを崇拝していてたわたしが、ぺたんこの靴を避けるようになったのはまあ想像に容易い。

 それから大学4年生の今に至るまで、約10年弱ヒールの高い靴を履き続けてきた。ヨルダンのペトラ遺跡とか、どうしてもハイヒールが履けない時は、妥協案としてドクターマーチンを履いてやり過ごしていた。ライブに行く時もだいたいドクターマーチンだった。砂まみれになったり、人に踏まれたり、大変な場面はドクターマーチンに任せていた。長い間本当にありがとうマーチン。愛していたよ。わたしの美しい青春の一ページ。ちなみになんですけど、わたしのドクターマーチン8ホールはかなりいいやつで、わざわざイギリスの店舗で買った。それゆえ愛着も強かった。

 まあマーチンの話はどうでもよくて。今回スニーカーを買おうと思い立ったのは、イメチェンしたかったからという理由に尽きる。背伸びをしてライブハウスに出入りしていた中学生の頃とは違って、大人っぽく取り繕う必要もなくなった。お嬢様キャラを通そうと思っていた大学入学時と違って、コンサバっぽい格好をする必要もなくなった。そう、わたしはついに上品だけどカジュアル、それでいて華やかなお姉さんになりたいよ〜〜〜〜!!!!ウワ〜〜〜〜ン!!!!と思い始めたのである。

 というわけで、スニーカーに造詣が深いおしゃれな友達にスニーカーを選んでもらうことにした。これまでスニーカーの違いがよく分からなくて、どれがかっこよくてどれがかっこよくないのかイマイチピンと来ていなかったので、友人に尋ねる。いろいろ条件を挙げてくれた中で一番印象に残っているのが、「スニーカーの背景」の話だ。誰が、どういうことを考えてデザインしたのか、スニーカーの文脈を知るべきであると。その上で、その文脈なり思想なりが自分に合致していると「その人に合っていて、その人にとってかっこいいスニーカー」となるのだという。こう解釈したけど合ってるかな?間違ってたらごめん(笑)わたしなりに解釈した、スニーカーの美学だった。

 やー、でも文脈とか背景は大事よね。わたしの中では腑に落ちた。スニーカーとはあんま関係ないけど、文脈についてよく考える。

 誰かにプレゼントをする時だって、文脈を考える。なんとかちゃんはよく海外旅行に行くから、旅行先で使えるものにしよ〜とか。逆にプレゼントをもらった時には、どういう文脈でこのプレゼントをくれたのか考えることがとても楽しい。

 あとは、その研究テーマに行き着いた文脈とか。なんであなたがその研究に行き着いたのか、答えられないとまずい。でも、「なんでそのテーマなの!?」みたいなコアなテーマに行き着いた人から文脈を聞けるとめちゃくちゃ楽しい。

 そういえば。そうだそうだ。最近考えたこと。いいレストランは、一皿一皿に文脈がある。最近クーカーニョというレストランに行った時に、強くそう感じた。そこのシェフは一貫して「客のため」に料理を作る。それが如実に現れている。「今日は暑い日でしたので、少しでも涼しくなっていただくためにドライアイスを使った演出にしてみました」とか。料理の文脈を知れると、より幸福度が高い。

 えーと、何が言いたかったのかというと、文脈を考えるといろいろたのしい。的なね。書きながらものを考えていくとこういう支離滅裂な文章になるのだ!ワハハ!